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体罰≠殴る・蹴る・叩く [先生っぽい戯言]

今体罰が問題になっているが、これは教師と児童・生徒及び保護者との間に十分な信頼関係が築けていないために、「説得する能力がないから力でおさえつけにかかった」とさらなる不信感を招いた結果だと思う。

殴ったり蹴ったりする場合、その程度や状況に十分配慮すれば、「これはやってはいけないことだ」と生徒に効果的に訴えかけるメリットもある。(恐怖心を多分に含むが)また、それまでの信頼関係とアフターケアさえ十分にあれば、後腐れなく普段の関係に戻れる。実際、イギリスの学校はこういうスタイルで体罰を行うらしい。また、廊下に立たせたりグラウンド走らせたりするのも、「悪いことをした懲罰」と適切な説明をすれば、これまた後には響かない。
「体罰で不登校」という児童・生徒の多くは、子ども・保護者共々適切なフォローがなされてなかっただけで、何故殴られたか、ペナルティーを与えられたかを十分に説明できたら、大事にはならなかったのではないか。

だが、

お前なんぞ学校辞めてしまえ

こんな問題も解けないお前は終わっとる

このような暴言も体罰の一種であるが、教員でこれを深刻に考える人は少ない。だが、これが一番タチが悪い体罰ではないか。

殴られても、痛みが引けば解放される。過剰なペナルティーも、終えれば普通の生活に戻れる。だが言葉による暴力は、ボディーブローのように後に響く。積み重ねてきた信頼も、担任の一言で一瞬にして崩れ去っていくクラスをいくつか見てきた。また、教員の一言で元気いっぱいだった生徒が学校に来れなくなる、というケースも多数ある。だが、何故暴言についての研修が、暴力についての研修よりも圧倒的に少ないのか、私には理解できない。

保護者以外に、何気ない一言だけで生徒を落胆させたり奮起させたりすることが出来る存在は教員だけである。だからこそ、我々教員は言葉を丁寧に選ばなければならない。


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