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「先生を流産させる会」 [日々の戯言]

こちらが新入生の事で胃を痛めまくっている中、こんなムカつく事件が。

教員の指導に反発するのはいつの時代にもあるが、
こうまで陰湿だと言葉もでない。

愛知の中学生11人「先生流産させる会」 


(全文引用)

愛知県半田市の市立中学で1月に1年の男子生徒11人が「先生を流産させる会」を結成し、妊娠していた30代の女性担任教諭の給食に異物を混ぜたり、いすのねじを緩めたりする悪質ないたずらをしていたことが28日、市教育委員会への取材で分かった。

市教委は、4月から産休に入る予定の同教諭の体調に異常はないとしているが、学校は生徒と保護者を呼んで注意し、生徒らは謝罪したという。

市教委によると、席替えの決め方や部活動で注意されたことに不満を持った生徒らが、ほかの生徒に声を掛けて同会を結成。1月下旬から教室で教諭が座るいすの背もたれのねじを緩めたり、理科の実験で使った食品添加物のミョウバンや食塩を持ち出して教諭の給食にこっそり入れたりした。

2月下旬に給食への異物混入を目撃した生徒が別の教諭に報告して発覚した。


こいつら、終わってるわ…

という言葉以外に言いたいことは1点。

 

 

こいつら、絶対に反省してないって!


ブラックボックス [先生っぽい戯言]

入試やらなんやらでばたばたしているうちに、こんな事件があったようで。

生徒の髪を「元旦」と刈り撮影、年賀状に

自分のクラスの不祥事を反省して丸坊主にし、
当事者も丸坊主になるように呼びかけて多くの賛同を得られるのは、
ある意味教員としてはうらやましい。それだけのカリスマと行動力があったのだから。

だが、いくら生徒と信頼関係があっても、同意の上での行動だったとしても、
年賀状にして送るのは・・・。
経緯を知らない人が見たらどう思うかとは考えなかったのだろうか?

生徒への指導は生徒自身が言い出さない限り、外部の人が知ることができない。
学校で行うことは、結果は見えるが過程が見えないブラックボックスなのだと言う事を、
我々教員が自覚しなければ、このような事件が増える一方だと思う。


第2外国語 [国際教育・帰国生]

ratoratoratoが在学していた高校では、
第2外国語はフランス語ドイツ語・スペイン語の選択だったが、
今では中国語韓国語、ロシア語が入ることが多い。

だが必要な言語は、それを使用する国の数を見る限りでは

  • アフリカ諸国で用いられるフランス語、
  • 南米諸国で用いられるスペイン語、
  • 中近東で用いられるアラブ語

であるはず。

韓国中国、ロシアが隣の国と言っても、
海を隔てているせいかEUほど密接ではない。
2002年のW杯の自治体と代表選手との交流(例:中津江村とカメルーン代表)のように、
存在自体知らなかった国との交流を試みる方が生徒にとっては良いのでは?


国歌・国旗について考えてみた [先生っぽい戯言]

ratoratoratoが学生だったころ、友人とアメフトの国際交流試合を見に行ったことがある。
アメフトを観るのは本当に久しぶりだったためか、
半ば興奮した状態で試合開始の時間を待ち焦がれていた。

そのうち、日本国国歌が流れ始めた。
「そうか、まずは両国国歌の演奏が先だったな」
ratoratoratoと友人は起立して厳粛に耳を傾けていたが、
ふと辺りを見渡すと、ほとんどの人が立っていない。
ポップコーンを口にほおばることも、隣との会話を止めようとしない。
その後、『星条旗よ永遠なれ』(アメリカ国歌)が流れていても誰も反応しない。
まともに立って国歌を聴いていたのはごく少数という有様。

日本までわざわざ来られたアメフトの選手に申し訳ない・・・。

試合そのものは良かったが、ここまで後味の悪い試合は初めてだった。
この国はここまでおかしくなっていたのか・・・。そう思わざるを得なかった。

 

・・・正直、君が代で起立しない教員は勝手にすればいい。
こちらが関わらなければ済む話なのだから。

だが、これ以上生徒に「国歌が流れていても立たなくていい」と言うのは止めてほしい。
自分の国のシンボルである国歌や国旗を敬う術を知らない人間が、
他国の国歌や国旗を尊重できるだろうか?

そもそも、生徒が教員に逆らうのが指導無視や暴言で処分の対象になるのに、
教員が管理職をはじめとする組織に逆らうのは許されるのだろうか? 

良識、良識というのなら、日の丸・君が代に代わるものを用意して、
それを広く議論するようにして欲しい。
そういうことを一切しないくせに、強制反対、軍国主義の名残だと言われても

自分は人に命令するが、されるのは嫌だ

と駄々をこねているようにしか見えない。
彼らは、革命ごっこでも楽しんでいるのだろうか?


とある府立高校の卒業式 [学校での戯言]

今週の某日、うちの学校でも卒業式が行われたのだが、
やっぱりというか、案の定というか、国歌斉唱の時に何人か着席していた。
ただ生徒は全員立っていたことや、職員会議では全く懸案に出なかったことを考えると、
新聞に載るような生徒やPTA、他の教員を巻き込んだ「闘争ごっこ」ではなく、
組合としての意志表示か意地みたいなものだったのだと思う。
まぁ、反対といっても多くの教員は、単に上から指図されたくないだけなのだろうが・・・。

それ以外は大きなトラブルもなく無事に式が終わったのだが、不満な点が1つ。

知事&教育長&府教委の祝賀メールがあまりにも手抜き(ていうか、やっつけ仕事)。
特に府教委さん。

祝賀メールをプリントアウトして祝賀電報と一緒に貼るの、知ってるでしょ?
なら、少しくらいはレイアウト凝りましょうよ・・・

あれ、Wordのデフォルトのレイアウトそのままじゃないですか・・・
知事でさえ、フォントの大きさと文字間・行間に配慮してましたよ・・・。


自己肯定とは?(おまけ付き) [先生っぽい戯言]

日教組の教育研究集会(教研)が行われたようで。

日教組の教育研究集会 実践例報告へ

よく教研が批判されているが、発表者は日教組の組合員に限定されておらず、
祝日毎に国旗を掲揚する私の知人も過去に発表したこともある。
(最後の宣言が行われていたとき、近くの護国神社に行っていたそうだが)

また、教研にも目を見張る発表も少なくない。
教研に限らず教育系の実践発表はレベルの差が激しいのと、
政治的な主張を行う発表・シンポがあるために低く見られているようだ。
こればかりは、学生運動世代が退場して、その崇拝者の肩身が狭くなるまで待つしかない。
以前見た痛い実践例は下記の「おまけ」にひっそりと書いておきます

ただ、彼らの教育に共通している指針として
「自己肯定する心の育成」というものがある。 

確かに自己肯定に導くような指導は必要だとratoratoratoも思う。
ただ、競争によって生徒が自己否定するから止めろ、というのは暴論ではないか。
(部活の競争は肯定している時点で既に矛盾しているのだが、ここではふれないでおく)

競争させる事で良い面も多々ある。
生徒間で競争をすることによって、生徒は向上心を持ったり、
得意・不得意な物事を実感できたり、
より効率の良い勉強(練習)法を会得できたりする。
競争によって云々という前に、
教員が適切なフォローをすれば良いだけの話。

数字や順位はイヤな現実を突き付けるが、
それを否定するのではなく、むしろ逆手に取って

自分はこれができないけど、あれはできる

という風に導くのが、教員としてあるべき姿ではないだろうか。

おまけ


最近、入試問題のミス多くない? [日々の戯言]

ここ数年、大学入試の出題ミスが増えているような気が。

これを
オリジナリティあふれる問題を作ろうと試行錯誤を繰り返しているとみるか、
単に問題作成者の質が低下しているとみるかは難しいところ。

数学はいざとなったら「実社会での活用例」というストックがあるが、
(一部大学のAO入試でたまに見かけるが)
理科や地理・歴史のようにストックが限定される科目はそろそろネタ切れになりそう・・・。


「現場を知らない」 [先生っぽい戯言]

橋下知事の「校長クビにしたい」発言やバウチャー制度の提言に、
校長はおろか、教職員の多くも知事に反発しているようだ。
ただ、腑に落ちないのは、知事の方針に反対する理由の一つとして、

現場を知らない

ということを挙げていること。
この事を全否定するつもりはないし、現場にいる者にしか見えないものも多いのも事実。
ただ、現場を知らない人の提言はすべて無視しなければならないのだろうか?

これは教員全体に言えることかもしれないが、政治的に革新的であっても、
教員としての在り方や学校の在り方について、保守的な考えを持っている人が多い。
そのため、社会のニーズに合わせて学校を変えようとする動きが少ないどころか、
生徒や社会を学校のしきたりに合わせようとする傾向がある。

ただ、私学は変わらなければ学校自体が潰れるという危機感がある。
他府県、例えば隣の兵庫県では、公立も私立に負けまいと公立ならではの特色を出している。

だが、府立高校はそれがない。
すべてが同じような学校であるべき、という考えが未だに根づいてしまっている。
それがどれだけ現状にミスマッチだったとしても。

今回の件でも「困難校がなおざりにされている」と批判している。
だが、どういう学校に変化しなければならないか、
困難校に通う生徒に、教員や学校がしてやれることは何か、
そもそも彼らを高校に通わせることが最善なのか。
変わる事にダダをこねる前に考え、実行しなければならないことは山ほどある。

「現場を知らない知事」を非難する前に、
我々「現実を知らない教員」はいい加減「現実」に目を向けなければならない。


ひたすらの愚痴 [学校での戯言]

最近、やけに調子が悪い。
渡したはずの書類が実は渡していなかったり、
作成した教材に誤りが多かったり・・・。

うつ病

と疑いたくなるくらい、集中力がない。
立て続けに急な仕事が入ったからかもしれないが。

そういう状態なせいか、今まで流せていた他の教員の言動が流せなくなり、
我が事のように憤りを感じるようになってしまった。

今まで学校名が特定されてしまう恐れがあったので
中々こういう愚痴はこぼしにくかったのだが、
今回は流石に我慢できなくなったので、ここでぶちまけることにする。
(ただ、全部書くと気分が悪くなるので、一部だけ)

まず、管理職を無視したり、敵対心を表にだす教員。
校長の飲みの誘いを断った教員が、
自分の子飼いを引き連れて別の場所で飲み会を開いていた。

あと、生徒間の恋愛に教員は冷静な傍観者に徹するべきなのに、
「早く別れさせたい」
「なんで付き合ったのかわからない」

と職員室でブチブチ言う教員

挙句の果てには、自分の気に入らない生徒を露骨に排除する教員までいる始末。

ただ、これでも他校に比べてはるかにマシらしい。
(教員間の虐めや、足を引っ張る行為が日常茶飯事な学校もあるそうだ) 

ratoratoratoが教員を美化しすぎているのだろうか?
教員の質がやはり低下しているのだろうか?
それとも、教員は人格を捨てなければやっていけないのだろうか?

 

ただ、こういう教員のおかしい言動を諌めることができないratoratoratoは、
彼らと同列に並んでしまうのかもしれないが・・・。
いや、彼らに同調もできない分、同じレベルにすら達していないのかもしれない・・・。


公立主導の難関大模試 [先生っぽい戯言]

多くの運動部では、選抜メンバーによる合同練習・合宿が行われている。
なぜ学力面ではそういう選抜的なものはないのか、と思っていたら
埼玉県が実行に移してくれたようで。

埼玉県教委が県立高生向けに難関大模試 全国初


(全文引用)

埼玉県教育委員会は24日、「難関大学入試直前記述模試」を実施し、国立大2次試験などを控えた県立高校の3年生約500人が挑んだ。県立高生の合格実績アップを狙った全国初の取り組みで、希望者が無料で参加した。

記事本文の続き 問題は県立高の教諭25人のチームが予備校講師の指導を受け、東大や早稲田、慶応など難関大レベルの試験を想定し、作成した。

生徒は英語、現代文、数学、日本史、物理から2、3教科を受験。東大志望の大宮高校、金子智則さん(18)は「問題を作った先生がテスト終了後、すぐに解説してくれたので頭に残った」と話していた。

県教委は「公教育では難関大進学に特化した対応がタブー視されがちだが、保護者や生徒に対策を望む声が多く、実施を決めた」としている。


数年間の傾向を意識しつつ、オリジナルの問題を作り出す。
他にもいろいろと仕事がある教員がこれだけの事をするのは凄いことだと思う。

こういう高い意識を持った教員がどんどん出てくれば、よいのだが。 

あと一言付け加えると、
タブー視しているのは日教組系・全教系の組合員と、そのシンパだけなのに、
そこまで遠慮しなければならない状態なのだろうか・・・。


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